歴史

神戸ゴルフ倶楽部

姉妹倶楽部の提携

1965(昭和40)年、当倶楽部の理事会で、姉妹倶楽部が議題となり提携先として2、3の倶楽部名が上がるも交渉するまでには至らず、その後も、話は出るが具体化せずに終わっていた。

2002(平成14)年、翌年の倶楽部創立100周年を迎えるのを機会に「姉妹倶楽部をつくっては」との話が出て具体的に進めることになり、九州ではチャンピオン・コースとして名高い古賀ゴルフ・クラブに、関東では1931(昭和6)年に開場、今なお英国風の趣のある(社)相模カンツリー倶楽部に姉妹倶楽部の提携を申し入れた。両倶楽部から提携を了承頂いたので、2003(平成15)年、神戸ゴルフ倶楽部は、古賀ゴルフ・クラブ及び相模カンツリー倶楽部と覚書を締結し姉妹倶楽部となり、両倶楽部との交流が始まった。

神戸ゴルフ倶楽部設立の翌年、1904(明治37)年、横屋(現在の神戸市魚崎)に当倶楽部会員のイギリス人W.J.Robinsonが、冬には六甲ではゴルフが出来ないのでと6ホールの「横屋ゴルフアソシエーション」を設立し、冬にはグルームをはじめ当倶楽部の会員がよくプレーをしていたが、借りていた土地が売却されることになり、9年後の1913(大正3)年、鳴尾浜に「鳴尾ゴルフアソシエーション」を興し、6年後に解散したが、これが礎となり1920(大正9)年、鳴尾ゴルフ倶楽部が設立された。この様に生い立ち、経緯からして、当時、当倶楽部と鳴尾ゴルフ倶楽部とは、兄弟倶楽部として大変親密な倶楽部で、会員同士の交流も多く、1922(大正11)年から毎年、「インタークラブ・マッチ」を秋は鳴尾、夏は神戸で行い、戦前は両倶楽部の主要な行事の一つであった。

戦後、長らくの間、倶楽部間での交流が途絶えていたが、遅蒔きながらどちらかが言うでもなく、姉妹倶楽部を締結しようとの話が出て、2006(平成18)年の末に覚書を交換し、姉妹倶楽部となった。早速、翌年から「インタークラブ」にちなんで、春は鳴尾、秋は神戸で懇親ゴルフ会を開催する事とし、同時に団体戦も行い、また会員同士の交流も盛んで、両倶楽部は親睦を深めている。

100周年記念行事

1903(明治36)年5月24日の神戸ゴルフ倶楽部の開場日にちなみ、100周年記念競技会での招待競技会は、2003(平成15)年5月20日、21日に、会員の競技会は24日、25日に行われた。

20日の招待競技の朝、六甲の山は生憎の霧に包まれていたが、J.G.Aの安西会長、平田副会長を始め各ゴルフ連盟の会長、各ゴルフ倶楽部の理事長、代表者、また英国大使館からはGomersall大使、Hook総領事、Smith副領事、海外からはR&AのWhitmoreキャプテン夫妻、英国ゴルフ協会のBryce会長夫妻が来場された。

競技会に先立って、創立時の服部知事の始球式にちなんで、井戸兵庫県知事が来場された。始球式は、1番ホールで競技参加者やテレビ局、新聞社など報道関係者の見守る中で、井戸知事によりヒッコリークラブで、当時のボールを複製したガッタパーチャ・ボールを使って行われ、ナイスショットの声と共にボールは霧の中に消えて行った。

始球式の後に霧も晴れて、競技は1番ホールでは全員ガッタパーチャ・ボールを使い、ホール・アウトして100年前のゴルフを体験し、感触を楽しんだ。

レセプションは、クラブハウスで行われ、当倶楽部理事長の挨拶に続いて、安西J.G.A会長、Gomersall英国大使、Whitmore R&Aキャプテンから祝辞を頂き、贈呈式では、J.G.Aからは銀製のプレートが贈られ、R&Aからは中にR&Aのクラブハウスのレリーフのある銀製のプレートを、英国ゴルフ協会からは創立100年を迎える倶楽部に贈る絵皿を頂いたが、この絵皿を英連邦以外の倶楽部に贈るのは神戸ゴルフ倶楽部が始めてであるとのことであった。

Bryce英国ゴルフ協会会長の乾杯でパーティーに移り、和やかな雰囲気の中で100周年記念を祝った。

2日目の21日は、関係ゴルフ倶楽部の支配人、新聞、テレビ、ゴルフ雑誌のマスコミ関係者及び六甲山の関係者が来場され、快晴のもと1番ホールでは前日と同じくガッタパーチャ・ボールを使用して記念競技が行われた。

前日に続き、レセプション・パーティーともクラブハウスで行い、和やか歓談が続き、表彰式のあと解散した。

会員の記念競技大会は24日、25日、2日間に分かれて行われ、競技には251名の参加があり、1番、7番、11番、16番の4ヶ所からのショット・ガン方式で、1番ホールでは、ガッタパーチャ・ボールを打ち、100年前のプレーを体験した。

記念パーティーは25日の夕刻からポートピア・ホテルで開かれ、参加者は会員357名に、創始者グルームの子孫とご家族を招待し、「六甲倶楽部ファミリー」として創立100周年を盛大に祝った。

創立100周年を経て

開祖グルームをはじめとする先人たちが、ゴルフを楽しみたいとの思いで六甲山上に蒔いた一粒の種は、幾多の試練を乗り越えて立派に育ち、日本ゴルフ発祥の地である六甲山上の同じ場所で、神戸ゴルフ倶楽部は創立100周年を迎えることが出来ました。

明治、大正、昭和、平成と年号を経たこの100年は、日本の歴史の中でも最も激動した時代であったが、時代の流れや苦難に大きく左右されることなく、この間に培われた当倶楽部の良き伝統である「家族的な雰囲気のある倶楽部」は、倶楽部に集まった家族同士、仲間同士が親交の輪を広げ、ゴルフを中心とした気取らない社交の場の存在があるからであります。

今や80年にもなるVories設計の質素だが、風格のある木造クラブハウスは、
ゴルフ博物館と言ってもよく、会員の心の故郷であります。

神戸ゴルフ倶楽部は、次の100年に向かって一歩を踏み出しているが、単に日本最古のゴルフ倶楽部と言うばかりでなく、諸先輩が守り続けた倶楽部の原点、それは倶楽部創立以来の理念である「心からゴルフを愛する人が集まって創った倶楽部」「倶楽部が好きなんだと言う人が集まった倶楽部」であることを胸に深く刻み、次の世代に伝えていきたい。

page top